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翔んでいく
2016-12-07 Wed 20:06
なんと、3月末から借りていた家を出て、10月18日からSさんのセカンドハウスで暮らすことになった。

2014年に実家を出て、もう5回目の引っ越し。

あっちに行ったりこっちに行ったり…

いつになったら一所に落ち着いて生活することができるのだろう。

暮らし始めて少し慣れてきた頃に、動かなければならない諸事情が発生する。

そして、今の場所の徒歩1分のところにもまた神社がある。

生前、私のことをとても可愛がってくれた父方の祖母がこの神社の近くで暮らしていたので、こどもの頃はよく境内で遊んでいた。高校時代には神社からの依頼で、大晦日の日付が変わる少し前から元日の朝まで巫女さんのバイトをしたこともある。

徒歩1分のところにあるのに、あまりにも忙しく、お参りできたのは越してきてから一カ月が経った11月19日。

知識人より心豊かな人に」でも紹介したことのあるFちゃんが、宮崎から会いに来てくれるというので、神社の駐車場で待ち合わせをして一緒にお参りをさせてもらった。

来春ママになるFちゃんからは、可愛らしいガーベラの花束と美味しいスイーツをいただいた。いつも素敵な贈り物をありがとう。今度は私が、ママになった彼女と可愛いbabyに会いに行こう! 

Sさんのセカンドハウスと廊下で繋がった隣にはアトリエがある。隣町のご自宅から毎日アトリエに来られるSさんは、料理が苦手な私のために、スープやお味噌汁を持ってきてくださるが、今は苦手だからじゃなく料理をする時間もないほど忙しいので、本当に有り難い。アトリエにはキッチンもあり、パンを焼かれたときには持ってきてくださる。焼きたてのパンはたまらなく美味しい。

「知識人より心豊かな人に」で紹介したもう一人のお友達のMちゃんも、新米を炊いて、冷凍して備蓄できるように小分けにしてラップに包み持ってきてくれたり、他にも必要な物を買ってきてくれたりと助けてくれる。

優しい人たちと親しくさせてもらえてることにいつも感謝の気持ちでいっぱいだ。大変なときには周りの方々の優しさが心にしみる。

イシス

引っ越しをすることがまだ決まっていなかった6月、急に、実家の敷地内にあるレッスン室の2台のピアノを、必要なところにお嫁に出そうという気持ちになり、8月になって、小学生の頃から弾いてきたアップライトピアノは、ご近所の3歳の女の子がいるお宅へ、レッスンで使用していたグランドピアノはジャパンピアノサーピスに買い取ってもらった。

アップライトピアノが運ばれていくときは少し寂しい気持ちにもなったが、前から「先生」をやめたいと思っていたのでスッキリすることができた。

それと、チャネリングセッションで、受け取ったメッセージを伝えることにもだんだんと違和感を覚えるようになっていたので、今は個人セッションをお休みさせてもらっている。

イラストレーターのM.Kさんに会うとよく「一度くらい私も視てほしい」と頼まれていたが、彼女は自分に必要なことをキャッチできる人なので、自分の内側から湧き出たものを信頼してほしいと思い、6月に画家のご主人との夫婦展を見に行ったときにも「自分で感じたもので大丈夫だから」と言ってしまった。

12月にブータンに行くらしいが、戻ってきたら、また新たな世界を表現されることだろう。

そういえば私も、「日本で寒くなる頃にエジプトへ行かなければ」と心の準備をしていたが、今、それどころではなくなってしまった。

3月に「早くエジプトへ行くように」と入ってきた、あれはいったい何だったのだろうと思っていたが、友達(アトランティスの父)が、「あのときは、Chiyoちゃんがエジプトに意識を向けることが必要だったんだと思うよ」と言った。

最近になって、あの神社で起こったことを思い出していると、あのとき授かったものを使ってエジプトへ行けと言われたのかもしれないと思うようになった。

ということは、時空を越えたところで起こっている出来事となる。

古代エジプトへ降り立つ前に、同じような場面があったのかもしれない。エジプトにいたときは人間ではない姿で存在していた。過去形で書いているが、元々、時間というのはないので、私の意識体は今もエジプトにいるということになる。

ネットで格安ツアーを探したりもしたが、友達が言ったように、実際に行くのではなく、エジプトに意識を向けるだけでOKだったのかもしれない。エジプトに行かなくても、今もエジプトにいるのだから。

あれから度々、横になっているときに瞼の裏に現れる数々の宇宙船。

船内が映っていることがある。体が揺れていることもある。

宇宙船に乗っていることに気づいたのは、この揺れを感じたときだった。

11月10日の夜、ベッドに横になり瞼を閉じるとピラミッドが現れ、しばらくすると内部へ入る石段が視えて、そこへ吸い込まれていったが、それからすぐに眠ってしまったようで、そのあとどうなったか覚えていない。

時間のある次元からすると不思議なことかもしれないが、宇宙船に乗ってエジプトに降り立ち、ピラミッド内に入っていった私(意識存在)がいる。

14日の夜は、久しぶりにお月様を眺めることができた。

懐かしい。胸がジーンとする。

すると、月に向かって両手が動き出し、しばらく不思議な動きをしていた。

前に暮らしていたアパートのドアの前に立ったとき、神社に行ったとき、部屋にいるときにも同じように手が勝手に動き出すことがあった。

こんなとき、自分の体だけど、自分の体じゃないような、そんな感覚がある。

背中の翼のあたりがこの半年の間にまたピリピリうずくようになった。

こうなったらもう、どこまでも翔んでいくしかない。




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infinity
2016-09-19 Mon 11:38
6月末から自分の時間はほとんど取れなくて、少しの時間があれば体を休めたいと思っているのに、今月2回目の更新。

前回の記事は6月に書き留めていたものを急にアップすることになり、慌てて編集して記事に。

今回は、さっき、パソコンのメールをチェックしている間、自分のブログのことが気になっていたのだが疲れていたので少し眠ろうと横になったとたんに頭に入ってきた言葉

インフィニティ

この言葉をブログタイトルに追加するってことらしいので、結局すぐに体を起こして、またパソコンの前に座っている(*_*;

言葉の意味が分からなかったので調べてみると…

infinity
1. 無限であること、無限性
2. 無限の宇宙[時間・空間]
3.〔数えられない〕無限の[膨大な]数量
4.《数学》無限大◆任意のどの数よりも大きな数で、∞で表される。
5.《数学》〔幾何学の〕無限遠◆ユークリッド平面上の平行線が交わる、仮想的な概念。
6.〔レンズの焦点距離の〕無限遠◆レンズの焦点を無限遠記号∞に合わせたときにピントが合う距離の範囲。


今日からこのブログタイトルは

時空を超えて ~ infinity ~

になったけど、これから何を書いていくことになるんだろう

ブログ…やめようと思っていたのにな…

infinity








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自分自神
2016-09-11 Sun 12:29
3月末に視えたヴィジョンが何のことを意味しているのか、4月末になって解り、また神社へ行くことになってしまった。去年も一昨年も一度も神社へ行くことがなかったのに今年に入って四ヵ所目。飛行機ではなく車で行けるところだったからよかったが、行動範囲の狭い私にとっては少し遠く感じられる距離だった。

今度は一人ではなく、Kさんと一緒に行く必要があったので、5月23日にKさんと一緒に、初めて霧島東神社を訪れた。

Kさんとは知り合って12年になる。ちょうど平原綾香さんのデビュー曲『ジュピター』が大ヒットしていて、二人で一緒に聴いたこともあったが、Kさんとは初対面のときからどこかで出逢ってる人だと懐かしさがこみ上げてきたのをよく覚えている。

それから少しずつ、この星にくる前からの深い繋がりのある人だということが解ったが、今回、まさか一緒に霧島東神社へ行くことになるとは想像もしていなかった。

数年前から何度か古事記に登場するような姿を視ることがあり、その頃はそれが何を意味するのかよく理解できずにいたが、3月末に視えたヴィジョンとの繋がりが、4月末になって、Kさんとのメールのやりとりの中でピンときて、「これはすぐにでも行かねば!」と、Kさんを誘うことになった。

Kさんには勿論、どうして一緒に行くのかを話しておいたが、あまりピンときてない様子だった。それでも付き合ってくれたことに感謝している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

霧島東神社へ行く一週間前の5月16日の朝、何となく、家の裏にある神社が気になり一ヵ月半ぶりに行ってみた。

本殿は隠され拝殿もないので参拝することもできない不思議な神社。結局、境内入り口付近にある石碑の前で、霧島東神社へ行くことになったと報告すると『頭を垂れて、そのまま進みなさい』という言葉が頭に入ってきた。

そのまま・・・?

そのままの意味がすぐには解らず、頭を垂れての言葉の通りに、頭を下げて自問自答を繰り返しながら参道入り口の鳥居まで戻った。

22日の夜はなかなか寝付けなかった。そして、また宇宙船が飛行しているのが視えたので、「ヨシ!今日はコンタクトを取ってみよう」と試みたが、そうすると宇宙船が消えて何も視えなくなった。

結局、朝まで何回も目が覚めていつものようにぐっすり眠ることができなかったが、3月11日から新しくなった愛車のナビのおかげで無事に霧島東神社へ辿り着くことができた。

お天気も良く、行く途中に見える霧島連山の美しいこと!

霧島東神社は、御池を一望できる高台にあった。

鳥居を潜り石段参道を上がっていくと、社殿への参道途中にある猿田彦神社の前で足が止まった。

中にある銅鏡を『見ていなさい』…と。

じっとその鏡を見つめていたが、何も視えないし、何も聴こえない。
上空の雲の流れが早く中が明るくなったり暗くなったり…。
しばらく鏡を見つめていたけれど何事もなく、拝殿へと向かう。

拝殿の前に立ち、目を閉じて手を合わせていると、頭がふらふらしてきたが、Kさんや他の参拝者に体が揺れていることを悟られないようにバランスをとって踏ん張って立っていた。

「元旦の大御神社からの流れで、様々なことが起こり、今日はここに来ることになりました」と伝えると、あるメッセージをいただいた。そして、また・・・。

「○○を授けよう」

・・・

ふう~

前もそうだったが、神社で私が授かるものは、いつも私個人の為に使うものではないから荷が重い。

今回はKさんとのペアでの参拝だったので2人一緒に何かあるのかと思っていたが、マイペースなKさんと私は別行動のような参拝になって、Kさんは「な~んもなかった」のだとか(笑)

私は帰りの運転中ずーっと、瞼とこめかみがピクピク動いて落ち着かなかった(>_<)

家に帰り着き、裏にある神社のほうを向き、霧島東神社へ行ったことを報告すると、私の両手が拍手を始めた。
そして、「めでたいめでたい」と何度も声が出る。

んーーーー

何がめでたいのか分からないけれど、とりあえず無事何かを果たせたような感はあったから良かった。

数日後、どうして鏡を見つめることになったのかピンとくる

自分だ!

自分自神

『頭を垂れて、そのまま進みなさい』は、今の自分のままでオッケーということだ!

今、一瞬一瞬の私でいい

自分でいよう

自分自神で

光






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空(くう)
2016-06-14 Tue 16:10
Sさんは、元小学校の養護教諭で、退職後は華道教室・パン教室を開設され、趣味はテニス・絵画・コーラス…と、とても充実した毎日を送られている。スクールカウンセラーもされていたので、今はセカンドハウスを子育て支援の場所として提供し、そこに集う方々の応援をしておられる心優しい方だ。

今年の2月1日、Sさんのセカンドハウスでお茶をご一緒していたときに、こんなことを仰った。

「生け花は、空間がとても大事なの。人間関係も空間(距離感)が大事でしょ? だからね、私は“空”という字が好きなの」

(くう) ・・・ 懐かしい響き。

その日の夜になって、二十歳前後に般若心経の写経をしていたことを思い出した。

色即是空・空即是色

万物の本質は“空”である

Sさんとの出会いの中で、この言葉を思い出すことも私にとっては大きな出来事の一つとして用意していたのだろう。

それから2週間後の2月14日、この世を超越して生きているような人を間近で見ることができた。
金澤泰子さんの講演会があることを知り、母・友人と一緒に行ったのだが、女流書家の金澤翔子さんのパフォーマンス(席上揮毫)もあり、約2時間、感動しっぱなしだった。

講演後、購入した本に翔子さんからサインをしてもらったが、そのとき私の手にそっと触れてくれた翔子さんの柔らかい掌の感触は今でもハッキリと覚えている。

翔子さんは計算ができないので2+2も分からない。時計も読めない。勝ち負けの意味が理解できないので、ジャンケンのルールも判らない。人間の世界ではダウン症とされている。

でも、ダウン症は病気ではない。
障害という言葉は、この人間界で使われている言葉で、彼女は知能がないのではなく、知能は要らないのだ。

『今、とびっきり幸せそうに生きている翔子は、社会の構造もお金のことも分かりません。だから世俗の欲望も持っていない。そんな翔子の魂は、この世の根源的な唯一のエネルギー「愛」と一体化しているに違いありません』

『この学歴社会の中で試験を受けたことがないので、試されることもなければ、人を試すこともない。人をうらやんだり、妬むことも、憎むこともない。競争することを知らず、勝ち負けとは無縁の世界にいます』

『水際立った純度の高い魂は、宇宙に満ちているただ一つのエネルギーと溶け合っているのだと思うのです』(金澤泰子著「涙の般若心経」より)

涙の般若心経

若い頃から般若心経を唱えていた泰子さんから書道を習い、10歳から般若心経を書き始めた翔子さん。
私は一生かけても到達できない世界で生きている翔子さん。
そんな方が今、この世に降りてきてくださっている。
2016年2月14日バレンタインデーに、翔子さんとお会いすることができたことに心から感謝した。

若い頃に唱えて書いていた般若心経をおさらいしてみよう。
落ち着いて写経をする時間はまだとれようにないが、読誦することはできそうだ。

昔、ゆるふわスピリチュアルが好きだった頃にやっていたこと(願い事・アファメーション・石・イメージ・引き寄せ・ビジョンボード・・・)は、すべて要らなくなったので数年前からもう何もやっていない。

金澤翔子さんのように超越している方と出会うと、その世界に少しでも近づきたいと思う。

Sさん、金澤泰子さん、翔子さんとの出会いで、般若心経と再会することができた。
外側でどんなことが起きようと、心の中は平静でいられるように、バランスをしっかりとって、穏やかでいたいと思う。

自分自身の中心をいつも感じながら生きていきたい。

蓮









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宇宙船と共に
2016-05-10 Tue 15:46
宇宙
3月23日に私が授かったものは、私だけのものではない。目に見えるものでもなく、いつそれを使うことになるのかも、まだ分からない。大変なものを授かってしまった…とその重さを感じ、戸惑い、それからはずっと緊張しながら過ごしている。

誕生日(3/26)の前夜、ベッドに横になり目を閉じるとヴィジョンが映し出された。
美しい森の中、美しい光が降り注いでいる。
その森の奥から少年が乗った馬がすごい勢いで走ってきて、私の目の前で宙へと羽ばたき、ペガサスになった。
そのペガサスは姿を消し、その後、大きくて美しい剣がしばらく視えていた。

何なんだろう。何のことだかよく分からなかった。
翌日は朝からイベントの手伝いに行くので早く寝たいのに、こんなヴィジョンが視えるなんて…。

ベッドの中でいろんなことを考えながら時間が過ぎていく。
眠ったのかよく覚えてないが、遠赤外線ヒーターのタイマーが切れる音でハッとする。
タイマーが切れたのは、日付が変わろうとする頃だった。
そのタイマーが切れた音を聞いたとき、「宇宙船が着陸した」と直感した。
着陸したのは、イベントが開催される場所。

熟睡できないまま朝を迎え、体がだるかったが出かける準備をしてイベント会場に向かった。
宇宙船が着陸したといっても、人々の目には見えないようになっている。
この日は大勢の人たちが集まってきていたが、誰か気づいた人がいただろうか。
雨の予報だったが天気が回復し、午前中に吹いていた風もやんだ。
準備も順調に進み、イベントも成功。スタッフの人たちは皆とても喜んでいた。
宇宙船が着陸した証拠がイベント会場には残っている。
それを見て、宇宙船を想像する人はいないだろう。だが、確かにその場所に着陸したのだ。

翌日は疲れで頭が重かった。体もきつい。食欲もない。
何を思い出したのか分からなかったが、急に声を出して泣き出してしまった。
疲れるゎ~・・・私って、何者?

誕生日ケーキをいただいていたので、昼食と夕食はケーキを食べて、とにかく早く寝ることにした。

引っ越しの準備でバタバタと毎日が過ぎ、迎えた引っ越し前夜、そろそろ寝ようとベッドに横になり瞼を閉じると、光る物体がくるくる回りながら動いて、波のように揺れる雲のようなものの中に消えてはまた現れ…の繰り返し。途中で金属で出来た人工衛星のようなモノも出てくる。

いつまでくるくる出ては消えてが続くんだろう…このまま朝まで眠れなかったらどうしようと思っていたら、また遠赤外線ヒーターのタイマーが切れる音で落ち着いた。

そのあと眠ったのかもよく覚えていないが、気がついたら朝になっていた。
前日の夜、空には満天の星が輝き、盛大な祝福をしてくれているのがハッキリと感じられた。
私のお引っ越しがそんなにめでたいことなんだ…。
31日の天気予報は雨になっていたが、こんなに星がきれいに輝いているからもしかしたら晴れてくれるかも…と少し期待したが予報通り雨だった。

引っ越しは午後になっていたので、午前中、引っ越し先の隣にある神社へ行ってみた。
前回と違い、少しは冷静でいられたので、境内の奥まで入ってみると、隠れるように古くて小さな本殿があった。
本殿の前には神社とは関係のない大きな建物が建てられ、本殿は表からは見えないようになっている。
拝殿もないので手を合わせて拝むこともできない。不思議な神社だ。本殿を隠す必要があったのだろうか。
しばらくその場所にいたが、本殿には何も感じるものがない。

そっちにはいないよ

石碑のほうから聞こえてきたので、もう一度、石碑の前に立つと、また、私の口が動きだした。

これから…、これからですね
と言うと、顔がニヤけたまま口がしまらなくなる。
何がこれからなのか意味が分からない。

頭の中は???のまま、実家に行き、業者からの連絡を待った。
午後1時になり電話が入る。

引っ越しはいつも依頼している業者さんに3ヵ所(借家・実家・セカンドハウス)に置いてある私の荷物を運んでもらったのだが、その途中で引っ越し屋さんがこんなことを言った。「あれだね! 三ヵ所に置いてあるって、三角形って感じだね!」

この人も、私が何者なのか知っている。
大屋さん、運送屋さん、手伝いに来てくれた友達・・・。

私の引っ越しに関わる人たちは皆、生まれてくる前から決まっていた私のシナリオの配役をちゃんと演じてくれているのだ。
みんな、こうやって、本当は何もかも知ってるのに思い出さないようにして生きている。

3月31日の午後、雨の中、何とか無事に新しい住まいへ引っ越すことができた。

掃除道具を持って手伝いに来てくれた友達は、床や窓ガラスを綺麗に拭いてくれた。本当に有り難かった。
おかげで新しい家での生活を気持ちよくスタートすることができた。

連日、寝不足気味だったので、荷物の片づけは後にして、日付が変わる前に休むことにした。
すると、また…。

全面ガラス張りの三角形(立体)が視えて、ゆーっくりと回転しながら下降してきた。
すると、その三角形が低くなり幅が長~くなって定着。
定着した場所は、今、私がいるところ。。。

今回の私の移動は宇宙船が共に動いている。

数年前にも、宇宙船に乗っている感覚を感じることがあった。
仕事中によく揺れを感じていた。

この星にくる前、宇宙船に乗っていた自分のことを思い出したのもその頃だった。
その宇宙船はシリウス船だった。
地球の様子を伺いに出向いた後、シリウス船に戻ったが、乗り込む前に霧のシャワーをかけられた。
消毒のように思えた。外部から船内に入る時には浄化処置を受ける必要があるのだろうか。
その後、歯科にある診察台のようなベッド(?)に横になっているのが視えたが、その周りに何人(何体)もの存在たちがいた。
何が行われていたのかはハッキリとは分からないが、しばらくして再び地球へと降りていった。
他にもたくさんの存在たちが降りていくのが視えた。

6年前から他の星や異次元にいる自分を思い出すようになって、子どもの頃から起こり続けた不可思議な現象の謎が少しずつ解けてきている。

それでも私は肉体を持って、今、地上で生きているのだ。
怒涛の如く起こる変化に翻弄されることもある。

何度も、普通の人生を送りたいと思った。
特別なことはいらない。
普通に結婚して、子どもを産んでお母さんになるのが夢だった。
二十歳前、その夢が叶えられないような気がして、こんなにしんどいなら今すぐ消えたいと空を見ながら泣いたことがあった。
この世から消えることもできない、生き続けることもしんどい。
その頃、写経をして心を落ち着かせていたのを覚えている。

また写経をしたら、少しは落ち着くだろうか。
そんな時間、今は作れそうにないな・・・。


前回の記事をアップした後に、拍手ボタンを表示させないようにしました。
これまで読んでくださった皆さま、拍手ボタンを押してくださった皆さま、コメントを寄せてくださった方、本当にありがとうございました。


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次はエジプトへ?
2016-03-29 Tue 18:04
2015年10月23日
いつものように夜空を見上げると、綺麗なお月様と目が合った。

おいで



おいで

???
月には行けんやろ…

心の中でそうつぶやいて家に上がる。

「おいで」って、帰っておいでってこと??

ずっと帰りたいと思っていたけど、まだ早い。

月…シリウス…エジプト

エジプト、「エジプトにおいで」ってことだ!

エジプト…若い頃は行きたいと思ったことがあるが、もう長い間そういう気持ちは失せていた。
「おいで」と言われても「はい、分かりました」とすぐ行ける場所ではないし、今は他にやることがある。

そのうちに行く機会があれば行ってみよう。
それぐらいの気持ちで過ごしていた。

イシス神殿

2016年元旦に大御神社へ出向き、その流れで3日に生まれ育った町の神社へ。

「長い間、神社へ行くことのなかった私が、どうして今年は元旦から行くことになったんだろう…」

そのことが頭から離れなくなる。
しばらくすると、様々な情報が降りてくるようになってきた。

ぼーっとしているとき、眠りにつく前、目が覚めた直後、映し出されるヴィジョン。
平安絵巻、マヤのピラミッド、マチュピチュ、プレアデス、舟、ポセイドン、ネプチューン…。

「これはもしかすると・・・」

少しずつ謎が解けてきたように思っていた。
そしてそれは、私個人のことだと思っていた。
次の神社へ行くまでは…。

ワープ②

2月22日に「次はここで暮らそう」と決めた家の隣に目立たない小さな神社があった。
鳥居はあるが、奥はどんな感じなのかよく分からない。本殿があるようなないような…。

暮らすことになる家のすぐ近くにあるし、ご挨拶をしておいたほうがいいのかなと思いながら少しずつお引っ越しの準備を始めるが、ボーっとしているときに急にヴィジョンが視えるようになってから、落ち着かなくなっていた。

3月7日、アトランティスの父へ電話してみた。

彼女は、これまで私が神社へ行かなかったことを知っている。

「なぜか分からないけど今年は神社へ行くことになって…」と話をすると、
「Chiyoさんからの電話を受ける前に、“プレアデス”と頭に入ってきたんですよね」と彼女が言う。

それで私は、これまでに視えたヴィジョンを伝えると、
「それってもしかしてじゃないですか?」

その名前を聞いてもあまりピンとこなかったが、似たところは少しある。

そして、
「神社へ行くのは、何か御遣いがあるか、受け取るのもがあるのかも…」と。

「受け取るもの?」…急に涙が出てくる。(なにこれ?)
悲しいわけでも嬉しいわけでもないのに涙が出てくることは、これまでも何回かあった。

まただ…。
どうして涙が出るのかは分からない。
本当は知っているんだろうけど思い出せない。

21日、22日の夜、いつものように、お月さまと、近くに寄り添う木星を見ているとソワソワしてきた。

「そろそろなのかな…」
いろいろ考えながら眠りにつく。

23日の朝は、すっきりとした目覚めではなかったのと、天気が下降気味だったのもあり、実家にある引っ越しの荷物をまとめたり、一週間近く開いてないパソコンのチェックをして一日ゆっくり過ごすつもりでいた。

だが、お昼前になって出かける準備を始めている。

すっぴんのままメガネにマスクで、外に出ても恥ずかしくない服に着替えて行ってみた。

こんなんでいいのかなと思ったが仕方ない。「今日」だったから。

駐車場がないので近くにとめて、参道入口鳥居に立ち、「失礼します」と頭を下げ神社があると思われる方向へ進んでみたが、境内入口鳥居前に立って、びっくり。建物はない。

こういう神社ではどう参拝すればよいのか分からなかったが、鳥居をくぐり、目の前にあった大きな石碑の前に立ったとき、私の口が動いた。

参りました

すると、上からまっすぐに私のからだを包むように光が降りてくる。

座ってください

石碑の前にあった石に膝をつけてしゃがむ

目を閉じてください

手を出してください

と同時に私の両手が動き、掌を上にして何かを受け取る準備をしていた。

掌の上に何かが乗せられた。
少し重みを感じて手が下に沈む。

丸と三角が交互に視える。(○△どっち?何?)

あなたに授けます

今すぐエジプトへ行ってください

無理無理、今すぐ行けるわけない…」思わず声が出る。

できるだけ早くエジプトへ行ってください

立ってください

立つと、顔の前で掌が合わさり、下に動いて胸のところまでいくと、また顔から胸へと手が動くこと数回。

手の動きが止まった。

その後、私の口がまた勝手に動く。
蘇ってください

頭がボーっとなったまま車をとめた場所まで戻ったが、事の重大さを感じ、すぐにアトランティスの父へ連絡。
翌日会って話を聞いてもらった。
こういう話ができる友人は他にもいるが、深い話までできるのは彼女しかいない。

2人で話をしていて、私が授かったものが何なのかが分かった。
昨日は何を授かったか分からなかったが、一人では抱えきれない程のものだと感じて落ち着かなかったことを話すと、

「それは、Chiyoさんがこれから宇宙規模の仕事をすることになったと自分で察したからじゃないですか?」

直接会って話ができて少しは落ち着いたと思っていたが、それから毎晩のように、寝ようとして目を閉じるといろんなヴィジョンが視えてしまい、半分浮いてしまっているような状態で過ごしている。

本当に一人では抱えきれなくて、急に泣き出してしまうこともよくある。
でも神社で受け取ったもの、授かったものを放棄することはできない。

あさって、その神社の傍へ移り住む。
もう、引き返すことはできないのだ。








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待ち合わせはシェアハウスで
2016-03-09 Wed 14:08
2012年11月、友人Kさんがリコネクションを受けた日、なぜか私は「実家を出よう」と心に決めました

それから1年後、この辺りかな~と考えていた場所よりさらに離れた街へ引っ越す準備を始め、2014年3月14日、実家から北へ60㎞離れた縁もゆかりもない土地へと引っ越しました。

ところが、半年も経たないうちに諸事情により、今度はそこから南へ約100kmの場所へまた引っ越すことになってしまったのです

遠いと転居先を探すのも大変で、なかなか良い物件が見つからず困っていたら、「まさかの大御神社へ」のときのように、頭に「シェアハウス」と入ってきて、「は?シェアハウスって、どゆこと?」と思いながらもネットで調べて、ちょうどオープンしたばかりの小民家風のシェアハウスに第1号で入居したのが2014年7月29日でした。

何度も暮らしたことがあり友達も多い街でしたが、とても不安で、引っ越し前からバッタバタで倒れそうで

ふらふら状態でシェアハウスまで辿り着いた私を待っていた管理人の女性(50代)は、過去生での育ての母だったこと、2番目に入居してきた60代女性が実の母親だったことは「ドルイドの証?」に書いています。

入居前に一度、見学に伺ったときに、管理人さんは「売りに出したほうがいい家だったのに、周囲の反対を押し切って、どうしてもシェアハウスにしたかった」と話をされましたが、私の次に入居してきた60代女性も住む場所に困っていたときに、心配した人達がシェアハウスを見つけて連れてこられたようで、私達3人は何かに導かれるようにシェアハウスになった小民家で再会したのです

2番目に入居してきた60代の女性は5ヵ月後に退居していきましたが、私のことをいつも「あなたって本当に素敵ね」とべた褒め、そして「あなたのことが大好き」と言って可愛がってくださいました。(朝、ご近所に聞こえるような大きな声で「行ってらっしゃい!気をつけてね!愛してる~」と見送られたときは、かなり恥ずかしかったですが

とても不思議な方で、普通の暮らしを好まない、独創的で、言動行動が他人に理解されにくいため、本人はずっと生きづらさを感じながら生きてこられたそうです。

彼女を見ていて、こちらの世界で生きるのは本当に大変だろうなと思っていましたが、それを承知の上で降りてきた魂。(彼女は覚えていませんが)

彼女のように、地球の変容に合わせて降りてきたたくさんの魂たちがいます。

「ママ、ずっと苦しかったでしょう。寂しかったでしょう。あなたが自ら志願して降りてきたこの星は、今、大きく変わろうとしています。残りの人生、自由に、好きなように生きても窮屈にならない環境が用意されることを祈っています」

シェアハウス

管理人さんはシェアハウスの近くにお住まいで、よく様子を見に来てくださっていましたが、海外旅行がお好きで、とてもユニークな方でした。

私は、10ヵ月間シェアハウスで暮らし、2015年5月28日に実家の近くに戻ったので、退居後はお会いすることはなかったのですが、最近また、ある講習会で再会しました。

離れていた間に、逆に心の距離は近づいたようで、私は自然に「ママ」と呼んでいました。

こちらのママも、一つのことが頭に入ると猪突猛進しちゃうところがあり、前出のママには及びませんが、やっぱり不思議な感じのする方です。ブログを読まれることがあるかもしれないので、あまり詳しくは書かないでおきます

シェアハウスを出たあとも、引っ越した町で“待ち合わせ”をしていたと思われる方との再会がありました

昨年(2015年)の夏に知り合い、今年、急接近した60代女性(元小学校の養護教諭)のセカンドハウスによく呼んでいただいて、一緒にお茶をしながらお喋りを楽しんでいますが、私のことを娘のように可愛がってくださっています。

彼女との待ち合わせ場所は、いま私が暮らしている家の近くにある、このセカンドハウスだったのでしょうね

すぐ近くには神社があり、1月3日に参拝してきました。
父方の祖母が生前暮らしていた家の近くにあり、高校時代には神社からの依頼で、大晦日の夜から元旦にかけて巫女さんのアルバイトをしたことがあります。

もうすぐ、今、暮らしている場所を離れ、またお引っ越しをすることになりました
次に向かう場所の隣にも目立たない小さな神社があります。

神社とは長い間距離を置いていた私が、なぜ今年の元旦に日向の大御神社へ行くことになったのか…。

それは、この春から暮らし始める家の隣にある神社へと繋がっていたようです。

つづきは、またそのうちに…。



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ヒーリングとは…
2016-02-07 Sun 14:48

エナジー


人類が新たな一章に入った今、僕たちはやっと優れたヒーリングの力の知性を認め、敬意を表するようになった。

このエネルギーが僕たちの何が悪くて、どんな修正が、どのような優先順位でなされる必要があるのかを知っていることを認めることができるようになった。

このタイプのヒーリングは、古い診断的、指示的方法論に黙従するものではない。

ヒーラーとしての僕たちの仕事は、単に脇に寄り、全知全能なるものに適切な決定をゆだねることなのだ。

見た目の最終結果だけから判断すると、自分たちが下した決定が正しいものだったという確証、あるいはヒーリングの結果が患者にとって有益だったという確証が得られないこともあるかもしれない。でも、それは正しかったし、有益だったのだ。

僕たちは必ずしも、大局的に物事を見る才能に恵まれているというわけではない。
誰か他の存在が、僕たちの代わりにそれをやってくれるのだ。

だから僕たちが何を認識できるか、直感できるかということを気にかけるのはやめようではないか。もうその必要がないというのはなんともありがたいことだ。

ただ与えられた状況に入っていき、その方程式の一部となり、あとは成り行きにまかせるのだ。
これが、現在のヒーリング、そして未来のヒーリングだ。

(Dr.エリック・パール著「リコネクション」p196)



 ● Dr.エリック・パールからのメッセージ (リコネクション®ジャパンHPより)
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父へのヒーリング
2016-01-29 Fri 16:39
宮崎市から実家の近くに引っ越したのは去年の5月末でしたが、その頃、身長175cmでカッコ良かった父が痩せ細り、食事中にむせることもあったようで、母がとても心配していました。

あちこちの病院へ連れて行き検査をしましたが原因が分からず薬ばかり増えて、咳や痰も出るようになり呼吸も苦しそうで、母がいないところで父は「しんどい」と口にするようになりました。体重は40kg台まで落ちていたようです。

年明けてすぐに別の病院へ行き検査をしてもらったところ、「紹介状を書くからすぐ医大へ行きなさい」と言われ、私も付き添ったのですが、検査の結果、右側の肺に大きな影、左側に破れていることろがあり、担当医師からは「今の段階では肺炎か肺がんか分からないので抗生物質を飲んで2週間後に影が大きくなっていたら精密検査をすることになります。破れているところが塞がらないようであれば手術も必要です」と言われました。

何ヵ月も町内外への病院通いが続いたので、父は疲れ切っていて「もう楽になりたい(あの世にいきたい)」と帰りの車の中で私に言いました。役場を退職後も、好きな野球を仲間たちと元気に楽しんで若々しかった父が、生きる気力まで失っているような言葉を口にするようになっていまいました。

ここまで読まれて、「ヒーリングをしてあげればいいのに」と思われた方、いますよね。

しましたよ!

父は横になっていても咳や痰が出て苦しそうなので、内緒で遠隔リコネクティブヒーリング®を3回しました

私はプラクティショナーなので、例えクライアントが病気であっても、病気が改善することを期待してセッションをすることはありません。クライアントが身内であっても、ただただすべてを委ねて導管に徹しました。それができた自分にプラクティショナーとしての合格点をつけてあげました。

すばる

2週間後の検査結果です。

レントゲンに写っていた大きな影が消え、破れていたところも治っていて、腫瘍マーカーも正常値でした…が、医師の話だと、本人は気づかずに昔から肺炎を繰り返してきた傷跡がレントゲン写真に写っていて「慢性下気道感染症」といって今後も繰り返すかもしれないので注意が必要ということでした。

若い頃は自然治癒力もあったけど、高齢になり免疫力が低下して症状が表面化したのでしょうね。

ずっと元気のなかった父でしたが、検査結果を聞いて少しほっとしたのか、お昼に行った病院内のレストランでは私が残したご飯とチキン南蛮も食べてました

今の父は、まだ本調子ではありませんが、いちいち手洗いうがいをするようにうるさく言う母に対しても「わかっちょるが」と言い返せるようにもなり私が実家に帰ると「おー」と明るい表情で迎えてくれています

お薬ばかりだと副作用が心配なので、漢方薬局で勧められた健康補助食品も摂取して、肺だけでなく胃腸も元気になって体重が増えるように必要なものを取るようにしているようです。

痰は出ますが、呼吸はだいぶ楽になったようで、声がしっかり出るようになりました。
前は家の中でじーっとしていることが多かったのですが、今は自分から進んで動くようにしているようです

それから、これはおまけですが、
ヒーリングをしたことを知らない父から「病院へ行くときの運転手や付き添いやら、いつもありがとうね」と、セッション料金と同等のお小遣い(?)をいただきました

以前の私なら受け取らなかったと思いますが、今は素直に「ありがとう」といただけるようになりました。

セッション料金と同額に近かったので「ぉおー 対価やぁ」って喜んでお財布に入れました~




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心の声に導かれて
2016-01-20 Wed 11:19
だれかを好きだと感じることはあっても、そのひとを「真実の愛」「心の友」 あるいは「自分のために宇宙が選んだひと」であるかどうかを考えることなどなく、預言者、星占い、賢人の意見にたよったり、神々に答えをもとめていませんか。

でも言っておきますが、神々にそんな質問をしたら、きっと墓石のごとく口にきっちりふたをすることでしょう。

もしだれかに「あのひとこそがあなたの心の友」と言われたら、その場からにげ去りましょう。
なぜなら、だれが真実の愛なのかは、あなたじしんの心にしかわからないことだからです。
だから、そのひとが真実の愛であるのか、うたがわしいひとがいるとすれば・・・・・・そのひとはぜったいにちがいます。

なぜ、この世界ではA級の愛をさがすことが、こんなにもたいへんなのでしょう?
この世界で愛の任務を支援するのに、あなたはどんなことをしていますか?


(エンリケ・バリオス著「もどってきたアミ」より)

心の声

チャネリングの依頼を受けていた頃に、よく「チヨさんは自分で視れるからいいですね」と言われることがありましたが、チャネリングで答えを得ることはあまりありません。

ホームページのプロフィールにもあるように、こどもの頃から神秘体験が続き、目に見えない世界をいつも感じながら生きてきましたが、周りに理解してくれる人もなく、とても生きづらさを感じていたので、いつも自分と対話する癖がついてしまいました。

あなたの心を信頼しなさい。すべての答えはそこにあるのだから。
私(Solomon) ができるのは、道を照らすことだけ。
答えは、一人一人が自分で見いだしていくものであって、何かによって与えられるものではない。
あなたの道を前へ前へと進みなさい。そうすることであなたの魂を見いだせる。

 (ソロモン・スピークス 第9章)

「リコネクションを受ける前に、リコネクティブ・ヒーリングを何回受けたら良いですか?」と聞かれることがありますが、プラクティショナーが回数を決めることはできません。

何回受ける必要があるのか、本当はクライアントさまご自身が知っています。
ご自分の心の声に耳を傾けてみてください

私は、周波数に慣れておいたほうがよいのなら1回ぐらい試しに受けてみようかな、そんな気持ちでリコネクティブ・ヒーリングを1回受けたあとにリコネクションを受けました。

友達のKさんはいつも一攫千金を狙っているような人なので(笑)「これで一気に変わりたい」と、かなり気合が入っていて、3日連続でリコネクティブ・ヒーリングを受けた後、3ヵ月後にリコネクションを受けました。

Dr.エリック・パールは、以前、雑誌「Star People」のインタビューで、
「(リコネクションを受けると)自分が思っているよりも早く自分の使命を生きられるようになった、人生の目的がみつかり、それを生きられるようになった、と言う人はたくさんいます。だから、あとはシートベルトをしっかり締めて乗ってくださいね。どこにいくか分かりませんが、楽しいですよ、きっと

な~んて言っていますが、私もKさんも、すぐには楽しむ余裕などなく、私なんて、シートベルトを締めていてもめまいがしてしまうほどの変容が起こり続け、リコネクションを受けて約半年後と1年半後にもリコネクティブ・ヒーリングを受けました(^^ゞ

Kさんも2年ちょっと過ぎた頃に、また周波数に浸ってみたくなったのか、遠隔でヒーリングを受けたみたいです

私たちは楽しむ余裕なく過ぎた時間がありましたが 「楽しい~」って言ってる人も、もちろんいますので、リコネクション後のプロセスは人それぞれです

リコネクティブ・ヒーリングの回数も人それぞれで、受けたいと思う回数が、その人にとって必要な回数ってことです!

リコネクションを受けた後でも、ヒーリングが必要になることがあるかもしれませんので、そのときはまた受ければいいですしね

リコネクションは一生に一度だけのセッションですが、リコネクティブ・ヒーリングの回数は決まっていませんので

あんまり考え過ぎずに、心の赴くまま、流れに身を任せてみてくださ~い


ホームページはこちらですhttp://light-smile333.jimdo.com/
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知識人より心豊かな人に‏
2016-01-09 Sat 17:11
時代の流れで、スピリチュアルなことに関心を持つ人や、仕事にする人が増えてきました。

ただ気になるのは、外側から得た知識ばかりインプットしたものを、ただアウトプットしているような人がいること。

誰かが言ってました。「まるでレコーダーのようだね」と。

知識ではなく、実体験で得たものでないと人の心には届かないのではないでしょうか…。

もともとサイキックな能力が高い人もいますが、だからといって、その人が人間的に優れているというわけではありません。

チャネラーやヒーラーは「パイプ役」で、主体ではないので、自分を誇示するような人がいたら要注意です。


私は、スピリチュアルな知識が豊富な人やサイキックな能力に長けている人よりも、言葉の美しい人、心が美しい人に憧れます

5年前に勤務した高校で出会い、今でも仲良くさせてもらっているFちゃんは、仕事の愚痴や不平不満、人の悪口は一切言いません。スピリチュアルなことはあまりピンとこないようですが、会うといつも素敵な笑顔と、かわいくて心地よい声で私を癒やしてくれます

「人生がときめく片付けの魔法」の著者、近藤 麻理恵さんのような透明感のある女性です
そして、人の話をちゃんと聴いてくれます。

ブログによく登場するMちゃんもそうです。人の話にきちんと耳を傾けられる人です。

人の話を聴くというのは簡単なことではありません。
最後まで聞かずにすぐにアドバイスをしようとする人もいますよね。

FちゃんもMちゃんも、スピ系ではありませんが、相手が何を伝えようとしているのかを理解しようと耳を傾け、最後まで聴いてから自分の話をします。そして、よく小さな贈り物をしてくれます
ちょっとした心遣いにいつも心があたたかくなります

本当に大切なことを、スピ系ではない2人から教えてもらっています。
プラクティショナーとして成長するためにも、思いやりの心で人と接し、感謝の気持ちを忘れずに、心豊かな日々を送ることがとても大事だと感じています。





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まさかの大御神社へ
2016-01-02 Sat 16:43
あけましておめでとうございます

毎年、私は初詣ではなく初日の出を見るために早朝から出かけるのですが、2016年は山のほうへ行ってみようと思い、どこに行こうかずーっと考えていたら、31日の午後になって急に

大御神社って頭に浮かんで

え? お…大御神社

山じゃないじゃん

どうしてだか分からないけど、そういうことらしいので 慌ててネットで検索して、昨日6時過ぎに家を出て向かいました

…が、日向市内に入ってから道が分からなくなり、早朝からお散歩中のおばちゃまに教えてもらって何とか近くまで行けたもののすごい車 すごい人 駐車場も満車

長いこと初詣に行ってなかったので、想像できなかった私

仕方なく他の車に倣い道路脇に駐車して伊勢ケ浜をてくてく歩いて神社に向かう途中でご来光

天気にも恵まれ水平線から昇る綺麗な初日の出を拝む事ができました

…で、無事に2016年の初日を拝めてホッとしたけど、ここまで来たのだから神社まで行かねばね~

人にもまれながら結構歩いてやっと辿り着き境内に入ってみたら、ひえ~ 参拝客の長蛇の列

並ぶのを諦め、人の少ない境内の奥まで行き、そこでまた手を合わせ、日の光を全身に浴び感謝の祈りを捧げ、すがすがしい気持ちで後ろを振り向くと、しめ縄が張ってある巨大な岩が

大御神社
これが「君が代」の歌詞にある「さざれ石」

君が代

大御神社②

千代に八千代に…

私の名前は「チヨ」

ん?

ここに来たのはこれを見るためだったの?

まだ何かありそうだけど寒くて耳も痛くなってたから引き返し、長蛇の列に並ぶ参拝客を横目に通り過ぎ、境内を出て、またビーチをひたすら歩き、道路脇にとめた車の中で休憩

帰りは「道の駅つの」に寄り、鍋焼きうどんを食べてから帰りました

なんで今年は大御神社だったのかなぁ…。

ま、いつか分かるでしょう(^^ゞ

さて、4日・5日はリコネクションのセッション
私自身とても幸せを感じる時間です

皆さまも、たくさんの幸せを感じながらこの一年を過ごせますように

今年もどうぞよろしくお願いいたします
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| 時空を超えて ~ infinity ~ |
 
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